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【体験記】自衛隊から営業マンに転職して成功|退職に悩む自衛官たちへ

    
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【体験記】自衛隊から営業マンに転職して成功|退職に悩む自衛官たちへ
こんにちは、桜庭将です。

今回は、陸上自衛官から営業マンに転職を果たした高橋さん(転職時26歳)のインタビューを掲載します。特に退職前のリアルな感情や退職代行サービスの実際の体験談を語っていただいたので、退職を考えている人には、きっと参考になりますよ。それでは一緒に「対談」を見ていきましょう。

目次

陸上自衛隊を辞めて営業に転職

── 今日はよろしくお願いします。今回はどのような想いでインタビューに応じてくれたのですか?

高橋:はい、自分は転職計画科さんのおかげで、とても良いカタチで民間のキャリアのスタートを切ることができて、今は絶好調なのですが、2年前はドン底にいました。たぶん当時の僕と同じように「このままでは自分は潰れてしまう」と感じているけど、具体的にどんなアクションを起こしたらいいか分からない、といった人も多いのではないかと思いました。「恩返し制度」の一環として、役に立つならと思いまして。

恩返し制度とは

周りの人々から「ヒーロー社員」と認められるほどの個人成長率の高さと、高い生産性と収入を生み、大きな成功をおさめている元自衛官たちが、次なるヒーローたちのために、転職サポートの料金の一部を肩代わりしてくれる制度です。

── このインタビューの記事を見ることになる自衛官たちも、きっと退職のことについて悩んでいるはずです。まずは簡単な自己紹介からお願いします。

高橋:はい。高橋一生です。現在26歳です。僕は高校を卒業したあと大学には進学せず、一般陸曹候補生として自衛隊に入隊しました。特に目立って優秀というわけでもなく、そこからは普通の自衛官のスピードで上がっていきました。退職したのはおととしなので、約6年やって辞めた感じです。いまは一般企業の営業職に配属されて、毎日、お客様にセールスをしています。

── 退職代行サービスを使う以前に、まずは自分で自衛隊の退職手続きを試みたそうですが、その時のことについて詳しく教えてください。

高橋:まず一貫して、上司に相談しても相手にされませんでした。これは最初からずっとそうでした。というのも僕はすでに前期教育の時点で、営内の生活にストレスを感じてました。もともと運動部だったので体力的には平気でしたが、集団生活と息が詰まりそうな、自由に外出できない閉鎖的な感じが合わなかったようです。行動予定とかプライベートに干渉されるのも嫌でした。

──  教育期間の時点で自衛隊を辞めて再就職しようという気持ちになっていたのですね。

高橋:そうです。なので教育期間中に班長に退職の意志を伝えにいきました。相談ではなくて正式に辞めさせてくださいと。でもこの時点で辞める人が出るのは困るようで、「部隊に配属したら辞めやすくなるから我慢して」と流されたり、威圧的な態度を見せてくるようになりました。まだ自分は十代でしたから、暴力的に感じて、何されるかわからない怖さがありましたね。結局、部隊に配属されても、それはそれで次の上司からも同じような扱いを受け、退職は認められませんでした。

── 教育隊では「部隊配属したら辞められる」と言われたのに、いざ配属されても退職できなかったのですね。

高橋:そうです。そのときは未成年でしたし、ちょろかったと思いますよ、簡単に騙されました(笑)そのあとも怖くてビビりながらも、3ヶ月に1回のペースで退職について話しに行ってましたから、僕はしつこかったと思いますし、なぜこんな隊員を置いておきたかったのか分かりませんけど、とにかく殴られそうな勢いで「ダメだ」と言われ続けてました。

── 3ヶ月に1回なら、自衛隊の上司たちも慣れてしまってそうですね。

高橋:そうなんです(笑)気づいたときには「またお前来たかよ」という反応になってしまって、失敗したなと思ってました。そんな自分を見て同僚たちも良くは思いませんから孤立して人間関係も悪くなってしまいました。でもこれだけ何回も伝えているのに、分かってくれないなんて「頭固すぎかよ」と。とにかく自分ひとりでの退職交渉は、まったく歯が立たなかったです。そんなときに退職代行サービスがあることを知りました。

── 自衛隊の退職代行の存在を知ったときは、どういう想いでしたか?印象はどうでしたか?

高橋:自分の力ではどうにもならないことを、第三者に依頼できることにとても魅力を感じました。自分では埒があかないことだったので、それを誰かが解決してくれるなら願ってもないことだと思いました。

── 自衛隊を相手に退職代行サービスを使って大丈夫か?とか心配はありましたか?

高橋:少しありました。第三者を入れて大丈夫かな?逆に隊長たちの逆鱗に触れないかな?って心配はありました。でも、ここまで退職を拒まれているから「もうどうにでもなれ」という気持ちもありました。もう何でもぶつけてやれみたいな感じです(笑)

── 結果はどうなってもいいから、とにかく自衛隊退職に向かって状況を動かす方法があれば、何でも試そうみたいな気持ちだったと?

高橋:そうです。でも投げやりな感じでもなかったです。自分の状況を外の世界の人に知ってもらおうという狙いもありました。どういう事かというと、自衛隊は縦社会。抗弁したり、逆らうことは許されない。逃げられない場所でその人からターゲットにされてしまうと、本当にいじめとか色々酷いことを受ける可能性があります。それで精神が病んでしまっている人も実際多いですよね。もちろん個人の意見が通りづらいのは軍隊組織として必要だと理解してます。でも高圧的を越えて、乱暴もありますから、怪我や服務事故もある。

だから、退職代行してくれるような第三者の人に僕の存在は知られているんだよと上司にメッセージを送るというか、下手なことできないよ、後ろ盾がいるよみたいな意味合いで、防御線を張れるかなって期待もありました。

── たしかにその効果はあります。実際にイジメがピタッと止まります。

高橋:そうですよね。例えば街で不良に絡まれたらダッシュで逃げれば終わりですけど、自衛隊は逃げたら脱柵です。もっと大きな問題になります。自分の意思で逃げ出せないので、上司のストレスの吐口になっても、暴力・暴言・嫌がらせ、あるゆるすべてをこの身で受けないといけない。だから凄んでくる相手に対抗できる人を召喚するというか(笑)

── 自衛隊の上司に対する抑止力ですね。

高橋:はい、これを言ったら失礼になりますが、結果失敗しても危険な目にあわない保険になればそれで十分と思っていました。退職代行サービスを利用するくらい退職にかける本気度が伝わればいいと。でも無事に退職が決まったときは本当にホッとしました。そのときは本当に見える世界の色が変わったというか、視界がいきなり明るくなったあの瞬間は忘れられません。

── 近頃は自衛隊のパワハラやモラハラがニュースになることもありますが、高橋さんのようにめげずに何度も退職を伝える人はいましたか?

高橋:諦めてしまう人が大半です。相談しても退職できない理由をいっぱいぶつけてくるので、諦めざるを得ない感じになるんですよ。だから退職したい気持ちがあるのに話を前に進めることができず、結局、後回しにしてしまってる人も多いです。で、ずるずるとまた1年、また1年、さらにまた1年と不毛な時間を過ごしてます。それで馴れ合いに染まっていくパターンです。みんな夢とか外に出たら何する?みたいな話しますけど、いつか辞められる瞬間がやってくると思ってるだけで、行動しないので。でも転職計画科さんの存在、手を引っ張って自衛隊の外に連れ出してくれる人たちがいることを知ったら、無条件で頼りたくなるはずです。

── ありがとうございます。退職代行サービスといっても沢山の数がありますが、そのなかでなぜ転職計画科を選んでくれたのですか?

高橋:自衛官に特化していることが何よりも安心でした。広告や検索に出てきたところに何社か問い合わせもしましたが、「自衛官は無理」「自衛隊法の関係で複雑」「自衛隊は対応していない」みたいに断られたんです。やりますと言ってくれたところも2社ありましたが保証できませんと言われ、自衛隊に関する知識がなくて任せるのは不安でした。逆にややこしいことになりそうな気がして。どうせやるなら結果は出したいと思ってました。

やっぱり電話をかけて「自衛官は対応できない」と言われるたびに希望を失っていく感じありました。だから途中から、問い合わせするのも億劫になってました。でも転職計画科を発見して「自衛官専門」という文字を見たとき、本当に嬉しかったです。

── 退職代行サービスの利用体験を話してください。

高橋:自分の場合は、辞めた後の就職先が決まっていないこともあり、辞める前にまずは転職活動を先にしたほうがいいと分かりました。今すぐ退職代行を実行できることはちゃんと伝えてくれつつも、僕の人生を真剣に考えてくれてました。

おかしな話ですが、担当してくれた方は、自分よりも自分の人生に真剣でした。ここまで考えてくれる人がいるんだと感動しましたし、自分がいかに自分のことを知ろうとしていなかったかにも気付かされました。

その時言われたことをシンプルに言うと「今の状態のまま自衛隊を辞めたらまた道に迷う。適当に就職先を選んで、また自分に合わない仕事に就いて、会社を転々とする可能性が高い。先に本気になって目標やゴールを決めて行動した方がいいよ」と。

── 高橋さんは自衛隊を退職した後の具体的な計画を立てていなかったということですか?

高橋:ある程度はこんなことをしたいなと考えていました。でもいま思えば、無計画と変わらなかったと思います。退職が認められない状況に捕らわれて、退職に躍起になっていた感じで、ただ自衛隊の外に出たい一心でした。だから言われて気付きました。退職理由も曖昧だし、どこに就職したいとか、志望動機もなかったです。ただただ辞めたい、ただただ民間で働きさえ出来ればいいと。

── それで一旦は自衛隊の退職手続きはストップして、転職活動のほうに舵をとったのですね?

高橋:そうなんです。今となってはその決断はかなりデカかったと思います。自分の性格的にも退職してとりあえず生活費を稼ぐために繋ぎでアルバイトしたら、多分そこに落ち着いてしまう。それかフラフラしてしまう。だから自分の未来を自分で制御するためにもここで出来ることをきちんとやろうと。

あとこれは不思議な話なんですが、「いつでも出してあげることはできるよ」と言われて「あ、外に出れないことはないんだ」と分かったら、一気に不安や心配、ストレスが全部消え去ったんですよ。自分に退職の権限が与えられたような、状況をコントロールできている気持ちになりました。

── 自衛隊の退職は「自分の手中にある」みたいな?

高橋:本当にその通りです。もはや退職は問題ではなくなったんです。だからその部分の心配は消えて、今度は別の心配、その先の未来を心配するようになりました。退職の実感が湧いて、はじめて自衛隊を辞めることが現実的になったので、「自衛隊を退職できるけど、あれ、このあと人生どう進むんだ?」「焦ってうかつに飛び出したらやばくないか?」って計画性が欠けていることに危険を感じました。

── 退職がリアルなものとなって、自衛官ではなくなった後のその先がポッカリと空いていることに気づいたのですね。

高橋:そうです。その時はまるで高校の卒業式の1週間前みたいな気持ちでした。「いよいよ来週に卒業か…やっと実感が湧いてきたな」みたいな(笑)。でも進路がないまま卒業するなんてあり得ないですよね。「将来なに考えてんだ」と。なのにそれをしようとしていることに気付きました。

桜庭さんの言葉を借りると、自分がだだっ広い荒野にいるイメージです。道はずっと先まで続いているけど、どこに続いているのか見えない、自分は今からどこに向かおうとしているのか分からないみたいな。

就職先がないまま退職したイメージ

まさにその通りでしたし、真実を言い当てていました。これが目標のない人間の見ている世界なんだと。本当にあのまま辞めていたら、自分を荒野に放り出すことになっていたと思います。大げさかもしれませんが、最終目的地がないから荒野をさまよって、飢えて野垂れ死ぬ自分が見えました(笑)

── では、そうならないために具体的に何をしましたか?

高橋:コンサルティングに申込みをして、目標や行動計画を決めていきました。転職の目先の目標だけでなく人生全体を考えるようなものでしたね。いちばん最初の質問はよく覚えています。「企業の就職の面接だと思って、自衛隊の退職理由を答えてください」というものでした。それで自分の口からでた言葉は、自衛隊の不満や気に入らない点ばかりを挙げていたんですね。話しているうちに自分の価値を下げていることに気づきました。そこでまず自覚したのは、退職理由が後ろむきで、未来に何も関連してないってことでした。

── 「退職の意図が未来に向いてない」状態ですね。

高橋:そうです。その退職理由を聞いたら採用担当者はどう思いますか?と言われ、完全にダメな自分をアピールしているとハッとしました。「あれ、退職理由ってそんなもん?そんなに自分って薄っぺらかったっけ?」ってすこし自己嫌悪しました。

それで、次に、ただ不満とか恨みを話すのではなく「志望動機につながる退職理由にしましょう」「どういう仕事ができますか?」と聞かれました。でもすぐに答えられなかったんです。なんとなくトラックドライバーの運送会社を答えました。その設定でまたもう一度、退職理由を話したんですけど、自分でもダメだと思うくらいダメでした。

── どうダメだったのですか?

高橋:自衛隊を辞めた理由が志望動機に繋がってない、無理やりこじつけている感じで、噛み合ってない。その企業に合うように役を演じているだけで、心からやりたい事ではないから、言葉が全て薄っぺらいんです。「自衛隊を辞めて仕事が無くなるから、うちに来たのね」と思わせてしまうくらい。これでは採用されないし、逆にこれで採用されてしまうような仕事も大したことないなと思えてきました。そんなつまらない仕事をやるために、自分は自衛隊を辞めるのか?と。ここでも気付くことがたくさんありました。

── 自衛隊を辞める→「何のために」が欠けていましたね。信念や情熱をもてる仕事ではないから、志望動機もぎごちない。

高橋:そうです。ぎごちないってことは本当の自分ではないってことですよね。自分を偽って演出している面接合格用の自分?食っていくために就職を希望しているだけの奴ですよね。熱望しているわけではなく、上辺だけ。とりあえず自衛隊の職を失ったから仕事にありつこうとしている。そんな状態で働いたらどういう社員になるかも、どんな生活になるかも容易に想像がつきました。

── どういう社員になると想像したのですか?

高橋:自衛隊のときと同じで、自分に合わない環境で、自分がやりたくない仕事をしている。民間はやる気のない人やモチベーションが低い人、成績が上がらない人、その会社のなかで目標を持たない人はクビですから、路頭に迷って、職を転々とするだろうなと。もしくは一生懸命に自分を偽って疲弊しているとかですね。

── 自衛隊を辞めて次の人生はそうなりたくないと思いが強かったのですね。

高橋:はい。自衛隊では不毛な時間を長く過ごしてきましたから。だからこそ自分がもっと激しく成長を求めるような仕事をすべきだと考えました。で、その仕事が何かを見つけ出すためには、すくなくとも自衛隊がそうでなかった理由とか、なんで自分はそこで成長したいと思えなかったのか?そこからですよね。やはり退職したい感情がなぜ生まれたのかについてしっかり考えることが、最初にやるべきアクションだと思いました。

── 自衛隊を辞める「退職の意図」の理解が不十分であることが露呈したわけですね。

高橋:そうです。自衛隊から出ることを願っていたわけですが、何が合わなかったのか、何を見たくなかったのか、どんなやり方が嫌いだったのか、退職したかったのはどんな自分の性格が反映されていたからなのか。簡単に言えば、その裏返しが自分に向いている職業につながりやすいと。この退職は、何を実現させるための退職なのかろくに考えていませんでした。それを踏まえて次の職業を決めないと、また同じことになるぞと。

── 自分がもっている価値観や考え方、本来自分はこうあるべき、のような信念が自衛隊の仕事とマッチしていなかったわけですね。自衛隊の価値観や考え方と合わなくて、その溝が埋まらなかった。

高橋:そうです。それを知ろうとするべきでした。辞めたい気持ちばかりで、いかに自分が考えることをサボっていたか…。浅はかでしたよ。あの状態のまますぐに自衛隊を辞めなくてよかったと思っていますし、あのまま辞めていたら、目標を持たないダメな男になっていたと思います。正しい判断に導いてくれて助かったと思ってます。

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以下つづき

── 就職先も決まって、いよいよ退職代行の実施日を迎える瞬間、どういう状態でしたか?

高橋:企業から採用通知をもらっていて、あとは内定承諾書にサインして返送するだけという状態でした。おかげさまで、目標も明確なものになり、なぜ自分は退職するのか、この退職には何の意味があるのかすべて分かっていました。

── 目標も、その目標を叶えるための場所も決まり、あとは自衛隊の職務を終えるだけ、という状態ですね。直前はどうでしたか?緊張とかはしましたか?

高橋:特に緊張はありませんでした。その頃には、それまで経験した自衛隊のあらゆる不満や嫌なことは、どうでもよくなってました(笑)。抱えていた苦しい感情も自分のなかでは解決済みとしてクリアになっていて、自分の未来をただやるという精神状態で、あまり気にならなかったです。

── 退職手続きの結果はどうなりましたか?また退職代行サービスを使用したことで嫌味を言われたり、立場が悪くなるような経験はありましたか?

高橋:おかげさまで何もトラブルなく終えました。半日も経たないうちに退職日が決まったと連絡を頂きました。通常業務からはずれて、貸与されていた官物や制服などを返して、3日後に釈放です。その後は年次や代休をすべて消化するかたちで実家に帰省することになりました。あんなに退職を蹴ってきた上司も静かでしたね。何の音沙汰もなくササっと手続きが進んでいきました。

── 自衛隊をあとにして帰省してからのことを教えてください。

高橋:はい。実家に帰ることはできましたが、一応、正式な退職日はまだ迎えていない状態でした。なので新しい職場で即戦力として活躍できるように、ビジネススキルになることを学んだり、その仕事についての参考書を読んで勉強していました。

最後の手続きは実家から郵送でやりとりし、転職計画科さんから「正式に退職の手続きが完了しました。このまま退職で問題ありません」と連絡をもらったので、結果自衛隊に1度も戻ることなく退職することができました。

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